メモ

忘れっぽいです

フリーDL曲 2013/5/25

The Jellyfish Mentality LP by The Jet Age Of Tomorrow
http://www.oddfuture.com/collections/music/products/the-jet-age-of-tomorrow-the-jellyfish-mentality-lp




・『ザ・マスター
http://themastermovie.jp

 ようやく新潟でも公開、ポール・トーマス・アンダーソン監督最新作。かつて持っていたロバート・アルトマンの様な雰囲気は完全に影を潜め、視聴者へのサービスや説明も払いのけ、この映画の主人公ホアキン・フェニックスがそうしたように遥かな向こうへと疾走。今回は物語だけ見ていたら、映画が失踪したようにしか見えないですね。かといって、俳優映画として見るのも、この映画の本質から逃げているように思えます。「難しい映画」は様々にあるけど、本作は、観客が優位に立つのが難しい映画という感じ。少なくとももう一度見ねばなりませんが、正直映画館で見るのは体力いります。とりあえず、初見の印象は「ひとりでプリキュアMaxHeart」でした。



・筑波批評社のアレ、文学フリマ会場で500円なら普通に買うんだろうけど、ニコニコポイントだと踏ん切りがつきませんね。
http://blog.nicovideo.jp/niconews/ni039646.html


 それはともかく、かつての自分の動画を見返す中で、もぼぞんえPのパクりm@sterと百円m@sterのMADも再見して、もぼぞんえPのアイマスMADは本当に特殊だと思いました。アイマスMADの形式をとりながらも、映像作品というより、インスタレーションに近い。


 映像は編集を加えることで意図や意味が生まれ、映像作品になります。映画でも、MADでも。特に「カット割り」は重要です。編集の成果の多くは、カット割りに掛かっています。

 アイマスMADなら例えば、876プロ三人のソロ映像を繋ぐ事でトリオ感を演出したり、ゲームタイトル画面とダンス映像を繋いでメタ視点を意識させたり出来ます。二つの映像を繋ぐだけで、物語は生まれ、情景は広がるのです。もちろん、音楽と映像のシンクロを高めるのも、異なるダンスの繋ぎ目を誤魔化すのも、カット割りの役目です。カット割りによって成される事はとても多い。


 しかし、もぼぞんえPのアイマスMADはカット割りによる編集に重きを置かない傾向にあります。カット割りによって物語が生まれる事を拒むかのようです。


例えば『在所【百円M@STER】』は、ただ映像がそこにあり、変化していく。それを徹底して見せるMADです。一年間に渡って腐りゆく林檎を映し続けた萩原朔美の映像作品『TIME』に似ています。「ただの映像」であるためには、物語は不要です。そのために、もぼぞんえPは反復する映像を多用し、映像内に物語が生まれるのを拒んでいます。『在所』以外のMADでも、デザイン性を高めたり、映像を視点として捉えたりする事で、カット割りによる物語性を減じています。


 編集した映像に物語が生まれるのは避けようがありません。ストーリー系PV、などと呼ばれる物でなくとも、編集を経た時点で映像は物語を孕みます。それどころか、ニコマスにおいては、最東みんくPが律子動画を上げるだけで、物語が生まれてしまうのです(もちろん、そこが面白いところでもあります)。そんな中、もぼぞんえPの、カット割りが生んでしまう不可抗力の物語を極力避けながらそれでもアイマスMADであり続ける、というスタイルはとても個性的で、魅力的だと思います。
[ 2013/05/25 22:04 ] フリーDL曲 | TB(0) | CM(0)
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Author:かりふら